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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)4245号 判決

原告

川越紀久雄

ほか一名

被告

松岡能正

主文

一  被告は、原告川越紀久雄に対し、金一六九九万二三一二円及びこれに対する平成二年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告川越靖永に対し、金一五八九万二三一二円及びこれに対する平成二年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車が路外の可変標識柱に衝突し、死亡した者の遺族から、同人は同乗中であり、運転者は被告であつたとして民法七〇九条に基づき損害賠償請求(一部請求)した事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。括弧内に適示したのは認定に要した証拠である。)

1  事故の発生(乙二)

(1) 発生日時 平成二年四月三〇日午前五時二三分ころ

(2) 発生場所 大阪市中央区日本橋一丁目二番三号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(3) 事故車両 原告川越紀久雄(以下「原告紀久雄」という。)所有の普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)

(4) 事故態様 本件車両が路外の可変標識柱に衝突したもの

2  亡川越久示(以下「亡久示」という。)の死亡

亡久示は、本件事故による右前頭、頭頂骨粉砕骨折を伴う脳損傷により、平成二年四月三〇日午前五時四一分ころ、大阪大学附属病院で死亡した。

3  原告らの地位(甲一)

原告紀久雄と同川越靖永(以下「原告靖永」という。)は亡久示の両親であり、法定相続人であつて、亡久示の本件事故による損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

二  争点

1  被告の責任

(1) 原告ら

本件事故は、被告が運転中に発生したものである。

被告は、自動車運転免許を取得していなかつたものであるが、

〈1〉 かかる場合運転すべきでなかつた。

〈2〉 運転した場合でも適当な速度で走行し、安全なハンドル操作をして事故の発生を防止すべき義務があつた。しかるに、高速度で走行しハンドル操作を誤つて運転したため、左側歩道の街路樹及び可変標識柱に衝突したものである。

従つて、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害について賠償責任を負う。

(2) 被告

本件事故は、亡久示が運転中に惹起させたものであつて、被告には何ら責任がない。

2  好意同乗等による減額の相当性

(1) 被告

仮に、被告が運転していたとしても、原告紀久雄は、本件車両の所有者であり、亡久示の免許停止を知りながら鍵を渡したこと、被告と亡久示とは、勤務先を同じくする上司・部下の関係であり、両名とも飲酒し、被告が、無免許であることを知つて亡久示は同乗したものであるから、危険承知或いは危険関与型の好意同乗であることから、しかるべく過失相殺がなされるべきである。

(2) 原告ら

争う。

3  損益相殺

(1) 被告

原告紀久雄は、住友海上火災保険株式会社から、死亡保険金一四〇〇万円の支払を受けた。自動車自損事故による死亡保険金は原告主張のように生命保険と類似するが、その本質は生命保険と異なり、損害保険であるから損益相殺の対象となりうる。そうでないとしても、慰謝料額算定にあたり斟酌すべきである。

(2) 原告ら

右保険金は、亡久示が日頃から本件車両を運転していたから運行供用者であるとして自賠責保険の対象外とされたため、任意保険の自損事故条項により支払われたものである。また、右保険は保険代位の規定もなく、生命保険と同一の性格を有するもので損益相殺すべきでない。

4  損害額

第三争点に対する判断

一  被告の責任

1  証拠(乙二、五、九、一〇、二五ないし二九、検甲一、二)によれば、本件事故現場は、制限速度時速五〇キロメートル、北行一方通行の五車線よりなる恵美須南森町線(以下「本件道路」という。)であるが、本件車両の走行は、第三車線を時速約九〇キロメートルで走行中、先行車に進路を阻まれたため、右側の第四車線に車線変更したのち、後部が右にぶれながら、左へ斜行し、本件道路西側歩道の街路樹に左前部を衝突させ、さらにその北にある可変標識柱に右側面部を衝突させ、前部が右柱を中心として右回転し、前部が北西を向いて停止した。本件事故により、本件車両はフロントバンパー・ボンネツト・右前フエンダー凹損、右前ドア大きく凹損の損傷を被り大破したことが認められる。

右認定の事故態様に照らすと、本件車両の運転者は、制限速度を超え、ハンドル操作も不適切であるから、本件事故は運転者の過失によることは明らかというべきである。

2  そこで、本件事故時の本件車両運転者について検討する。

証拠(乙二ないし六、一一、一八ないし二〇、二五、証人立花洋、同野瀬金市)により認められる、本件事故直前の本件車両の走行状況から認められる車内のシートベルト未着用の人間の動き(ハンドルを握つた運転者とそうでない助手席同乗者の動きの差異)、普通乗用自動車の狭い車内では人間の位置の入れ替わる余地の乏しいこと、本件事故現場に臨場した救急隊員が確認した助手席、運転席の人間の状態、搬出状況、本件車両の損傷部位・程度と亡久示と被告の受傷部位、程度の相関関係、ブレーキペダルパツド表面の靴底の紋様等を総合すれば、本件車両を運転していたのは被告と認めることができる。

二  好意同乗等による減額の有無

証拠(乙一二、一三、一七、二四)によれば、本件事故当日、被告は、店長をしている飲食店に平成二年四月二六日から就労していた亡久示と本件車両で飲酒しに行つたが、途中、亡久示は被告が無免許であることを知りながら、被告の運転を黙認し、その後多量に飲酒しての帰途、本件事故が発生したこと、事故後、被告の血中アルコール濃度は一ミリリツトル中〇・八六ミリグラムであつたことが認められる。被告が無免許であり、右の飲酒程度であることを認識し、自己が運行の用に供する車両を被告が運転することを容認して同乗した亡久示は事故の発生の可能性が極めて高い事情を認識していたものとして、その損害については、公平の見地から三割減額するのが相当である。

なお、本件事故当時、亡久示は、免許停止中であつたことは前掲証拠により認められ、原告紀久雄も亡久示が右行政処分を受けたことを認識していたことが認められるが、本件事故当時も継続していたことまで認識していたと認めるに足る証拠はない。

三  自損事故条項に基づく保険の支払が損益相殺の対象となるか。

争いのない事実と証拠(甲六、九、一〇)によれば、本件車両は原告紀久雄の所有名義であり、同人が住友海上火災保険株式会社と自動車保険契約を締結していたこと、右保険会社は、本件車両がもっぱら亡久示により使用されており、事故当日も亡久示が運転し、飲食等の後、被告が交替して運転中に本件事故が発生したものであると認定したうえで、亡久示は運行供用者の地位にあると判定し、自賠法三条による損害賠償請求権が発生しないことから、約款の自損事故条項に基づき、死亡保険金一四〇〇万円を支払つたことが認められる。

ところで、右保険は定額払であつて、その給付内容が実損を填補するものではなく、約款によつても保険代位することはない旨規定していることから、右保険金の支払は損害の填補として損益相殺の対象とはならないというべきである。

また、右保険料は原告紀久雄が支払つていたものでもあり、慰謝料算定にあたつても、右保険金の支払を斟酌するのは相当ではないというべきである。

そうすると、被告の右主張は理由がない。

四  損害額(各費目の括弧内は原告ら主張額)

1  亡久示分

(1) 逸失利益(四五五六万九二四八円) 三五四二万六二六八円

証拠(甲一、六ないし八、乙一七、原告紀久雄本人)によれば、亡久示は本件事故当時、二〇才(昭和四五年一月二二日生)の健康な男子で、高校を卒業後、有限会社東和エンジニアリングなどで稼働し、平成元年には二七二万七〇五七円の給与所得を得ていたが、平成二年二月二八日同社を退職し、より高収入を得るため輸入洗剤の販売を業とする日本アムエ、被告が店長をする飲食店で稼働していたところ、本件事故にあつたことが認められる。右によれば、亡久示は本件事故により死亡しなければ、二〇才から稼働可能な六七歳に至るまで、少なくとも、平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者・新高卒二〇ないし二四歳の年収額二九七万三〇〇〇円程度の年収を得られたであろうことが推認されるから、収入の五割を生活費として控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の現価を算定すると、三五四二万六二六八円となる。

(計算式)2,973,000×(1-0.5)×23.832=35,426,268

(小数点以下切捨て、以下同様)

(2) 慰謝料(一八〇〇万円) 一八〇〇万円

亡久示の年令、家庭状況などの諸般の事情に照らすと、その慰謝料としては一八〇〇万円が相当である。

(3) 原告紀久雄、同靖永の相続

亡久示の損害額は、合計五三四二万六二六八円となり、原告紀久雄、同靖永が各二六七一万三一三四円宛相続した。

2  原告紀久雄分

(1) 葬儀費用(一二〇万円) 一〇〇万円

証拠(甲六、原告紀久雄本人)によれば、亡久示の葬儀関係費用として約一八〇万円を原告紀久雄が負担したことが認められるが、本件事故と相当因果関係が認められる葬儀関係費用は一〇〇万円が相当である。

(2) 車両損害(一〇〇万円) 三〇万円

証拠(甲四、六、一一)によれば、初度登録が昭和六〇年一〇月、新車価格二一六万円、走行距離四万三〇〇〇キロメートルの本件車両を、平成二年一月三〇日、原告紀久雄が九三万〇二〇〇円で買受けたこと、本件事故で右側面部が曲損するなどの修理が不可能な大破の損傷を被つたことが認められ、右によれば、少なくとも三〇万円の損害を被つたと認めるのが相当である。

3  合計

(1) 原告紀久雄分

右によれば、原告紀久雄については、同人固有分及び亡久示の相続分を合計すると二八〇一万三一三四円となり、前記好意同乗による三割の減額をすると、一九六〇万九一九三円となる。

(2) 原告靖永分

右によれば、原告靖永については、二六七一万三一三四円となり、前記三割の減額をすると、一八六九万九一九三円となる。

五  まとめ

以上によると、原告紀久雄、同靖永の本訴請求はいずれも理由があるのでこれを認容する。

(裁判官 高野裕)

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